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学部4年間の振り返り
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芝浦工業大学 システム理工学部 数理科学科を総代(首席)として卒業しました。

芝浦工業大学 システム理工学部 数理科学科 を総代(首席)として卒業しました! pic.twitter.com/dnPPFsNJhF

— きょ (@Kyo_s_s) March 17, 2025
成績

卒業に必要な124単位をちょうど取得しました。

でした。特に、専門科目ではすべて S 評価で取得しました。 芝浦工業大学ではS, AのGPが4、Bが3、Cが2になっているので、学部のGPAは3.9でした。

また、B4では大学院講義を9単位分先取り履修しました。すべて A (大学院の講義は一番上がA) で取得しました。

B1

コロナで授業がZoom主体でした。 しかし、Zoomの講義を家で受講すると怠けてしまうため、積極的に大学に行って講義を聞いていた記憶があります。

高校が工業高校で、普通科の人と比べて数学・物理・英語の勉強量が足りていないことを自覚していたのでドキドキしていました。 数学は大学で初めて習う部分が多かったためそこまででしたが、物理・英語は結構厳しかったです。特に物理はだいぶ勉強した気がします。 一般力学IはSが取れましたが(なんで?)、調子に乗って履修した一般力学IIではボコボコにされてしまい、Bが返ってきてしまいました。

逆に情報処理I, II や情報処理演習I, II は全く苦労せずにSが取れました。他の人が情報系科目に充てていた時間を、僕は物理の勉強に充てていた気がします。

大学入学してすぐにAtCoderを始めました。初参加は 2021/04/24 でした。 初めてすぐはC言語に少し嫌悪感があったためPythonを使っていましたが、夏休み直前あたりで緑に到達したあたりでつらくなり、 夏休みでC++を勉強し移行しました。 このころは参加する度レートが上がっていって楽しかったです。

B2

少しずつ講義が対面になってきた頃です。システム工学・システム工学演習が対面で行われ、とてもつらかったです。 このあたりで実は数理科学科に入ってしまってよかったのか?と考えることが増えました。純粋数学がそこまで自分の中でハマらなかったためです。 唯一、代数学は楽しかったです。応用系の科目だと計算理論、記号処理、数値解析I, IIが面白かったです。 ハマらない科目がありつつも、講義の出席や課題の提出は欠かさず行うようにし、専門科目はすべて評価Sでした。

B2に上がってすぐ、ちょうど参加し始めてから1年くらいでAtCoder青色になりました。 また、初めてICPCに参加しました。国内予選ギリギリで落ちてしまってとても悔しかったのですが、後日の枠の増加により 繰り上げでアジア地区予選に参加しました。MC DIGITALのブースでいただいたタンブラーはいまも使っています。

B1ではアルバイト等を特にしておらず、そろそろ何かしないとということでAtCoderJobs経由でモノグサ株式会社の夏季インターンに参加しました。 今までは趣味でしかプログラミングをしたことがなく、インターンで初めてGit/GitHubを使ったり、Reactを始めて勉強するなどしました。

夏季インターンののち、そのまま長期でインターンしないかと声を掛けていただけたため、後期は週1ペースでインターンを継続しました。

B3

B2までで合計103単位取っていたため、B3では前期7単位、後期6単位の履修でした。週に2日しか大学がないような状況だったので、 履修している科目の勉強をたくさんできました。代数学IIIと計算機代数が面白かったです。科目を絞ったぶん、すべてSで単位を取れました。

大学の講義が少なくなった分、インターンを増やしました。大きめのタスクを振っていただけて、自分自身の技術の向上につながりました。

夏休みに大学主催インドネシア短期留学的なやつに2週間参加しました。初海外でした。 マクドナルドやA&Wなど、チェーン店のご飯はおいしかったのですが、それ以外のご飯は現地風味が強くがんばって食べました。 英語はあまり上達しませんでした。

インドネシアから帰ってきてすぐ、髪を染めました。頭の上で化学実験が行われるのは面白かったです。 髪を染めていても許されるような、寛大な企業で働きたいなぁという気持ちで染めました。モノグサ社は許してくれました、ありがとうございました…。

10月に彼女との同棲のため、大学近くから引っ越しました。 大学への登校頻度は下がっていたため通学は苦ではなく、むしろちょうどよい運動になりました。 一人暮らしの時の夜ご飯は少し寂しかったのですが、同棲により毎日夜ご飯を一緒に食べられるようになりうれしいです。

B3の最後に、水以下コンテスト(競技プログラミングのオンサイトコンテスト)を主催しました。コロナ明けでちょうどオンサイトがたくさん開催された頃で、 緑以下コンテストにとても影響を受け開催を決めました。詳しいことはブログやスライドになっています。

B4

AtCoder で黄色になりました。全完 + 2400パフォ で入黄することができ、とてもうれしかったです。 半面、長らく黄色を目標にしていたこともあり、黄色になった瞬間競技プログラミングのモチベーションがだいぶ下がってしまい、全然参加しなくなってしまいました。 ちょうど卒業研究が始まり忙しくなってきた時期でもあり、しょうがないかなぁと思います。

卒業研究は自分の中でとても面白く、ちゃんと取り組めたかなと思います。学部4年でしたが、 8月に行われた計算数学研究会では口頭発表をさせていただきました。この経験から発表への自信がつき、卒業論文発表会でも全く緊張しませんでした。

また、3月に行われた応用数理学会に参加し、若手の会でポスター発表を行いました。 多くの口頭発表を聞き、他の発表者のポスターを見て、研究に対するモチベーションが大いに高まりました。 特に、大学院での研究への取り組み方について自分自身の方向性を見直すきっかけとなり、 今後どのように力を入れていくべきかを考えさせられました。

8月にモノグサ社を退職しました。2年間の区切りを迎えたことと、他の企業でのインターンシップも経験してみたいと考えたためです。 モノグサ社でのインターンは非常に楽しく、労働環境も素晴らしかったのですが、次のステップとして退職を決断しました。

9月は株式会社フィックスターズで15日間のインターンを行いました。CUDA の経験はなかったのですが、競技プログラミングでC++を使っていたということで インターンに参加させていただきました。GPUプログラミングのキャッチアップから丁寧にしていただけて、とても学びが大きかったです。

その後、現在は株式会社アルゴ式でインターンをしています。

おわりに

来年度から 芝浦工業大学 システム理工学専攻 に進学します。 研究でよい結果を残せるように、頑張ります。

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